農家紹介

農産直売所「あぜみち」にご提供いただいている農家さんや、あぜみちで取り扱っている季節の野菜を使ってくれているお店のご紹介です。

お知りになりたい農家さんを選んで下さい。

前田牧場 前田智恵子さん前田牧場のテーマは笑顔と健康!

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 大田原市「前田牧場」といえばホルスタイン牛。栃木ではそれぐらい名の通った牧場だが、意外にも野菜や米、イチゴの生産までも行っているのだ。今回は、ちょうど収穫中だった同牧場のゴボウ畑を訪ねた。収穫の様子は圧巻で、まず重機で掘削し、地中に深く根付いたゴボウを掘りやすくし、手作業で1本ずつ抜いていく。非常に骨の折れる作業だが、抜いたゴボウはとても太く力強い。牛の堆肥を利用しているからだという。泥だらけになりながらも笑顔で話してくれたのは前田智恵子さん。野菜作りのルーツは父親の昭さんだという。「もともとは堆肥の有効活用、循環型農業として始めたんです。でもいろいろな種類の野菜をチャレンジしては製品化して。そんな父に振り回されていますが(笑)」。野菜のほとんどは直売されているが、中には規格外の大きさのものも。消費者からのウケは良いようで、そんなやりとりもまた楽しいのだという。また、2002年には直売所とカフェもオープン。自社加工品の販売や野菜、お米を使った料理を提供している。「お客様の生の声が聞こえるのがいいですね」と話す。今後は法人化に伴い、さまざまな環境を整えていきたいそう。「毎日が必死ですが、テーマは笑顔と健康。それをしっかり提供できるようにもっともっとチャレンジして喜んでいただけるものを提供します!」。朗らかな智恵子さんのキャラクターに、明るい農家の将来を期待せずにいられないのだ。

前田牧場のゴボウ
収穫時期:秋口〜冬/品種によって収穫時期が異なる。食物繊維が豊富。キンピラゴボウなど日本では古くから親しまれている食材の一つ。アレンジもさまざま。

青木きのこ園 青木功二さん厳重な管理が確かな品質へ結びつく

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 宇都宮市でも中心地とは打って変わって、見渡す限りに田畑が広がる飯山町。林の中に佇むようあるのが、今回訪ねた「青木きのこ園」だ。生産の責任を担うのが青木功二さん。湿度・温度を管理された発生室ではシメジ、エリンギ、ヒラタケなど多くのキノコが収穫を待っていた。先代が始めたキノコ栽培。誰もやっていないものをと、さまざまな品種を手がけてきた経緯がある。
 キノコ栽培はまず培地作りからはじまる。菌が繁殖する培地は、おがくずやぬか、もみがら、コットンなど数種類の材料をブレンドしたもの。品種や気候に合わせてオーダーしたものを使い、それらをビンに詰めていく。そして一番気を使うのが、種菌を培地に接種することだという。「種菌を雑菌にやられないようにすることです。とにかく清潔に保つことが肝心」と話す。接種を行う部屋はこちらも温度・湿度を厳重に管理。接種後は培養室で3カ月程度育てる。これらの作業は、青木さんが一人で行っているというから驚きだ。
 現在の主な出荷先は「あぜみち」や道の駅といった直売所。青木さんは多品種を手がけるので各地で重宝されている。これからは「ハタケシメジ」の栽培にも挑戦するという。大切に育てられた青木さんのキノコ、ぜひ食卓でその味を確かめてみてはいかがだろう。

青木きのこ園のシメジ
収穫時期:通年/一般的には9月〜10月が旬だが、通年栽培できる。栄養価が高く、血液中のコレステロールを低下させるなど、高血圧予防に効果を期待できる。

笹沼イチゴ園 笹沼槙司さん 望美さん父の背中を見つめ、越える日を想い描く

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 「あぜみち」一号店の時代から長年の取引があるという、さくら市郊外の「笹沼イチゴ園」を訪ねた。取材に応じてくれたのは、仲の良さと笑顔が印象的な笹沼槙司さん、望美さん夫妻だ。イチゴ農家に生まれた三人兄弟の末っ子として育った槙司さんは、一度県外で就職するも、実家を継ぐ者がいないことを憂い、「イチゴ食べるのも好きだし」と3年前にUターン。実際に手伝い始めると、同園では近隣イチゴ農家で使用されるフリー苗の育成も行っており、収穫の無いオフシーズンも作業が多いことも相まって、想像以上にキツい仕事に、始めてすぐ「考えが甘かった」と感じた。さらに父は寡黙で職人気質、仕事は見て覚えろと言わんばかり。それでも「辞めろ、と言われない限りは辞めない」と心に決め、母に聞いたり、自分で調べたりと勉強しながら知識と実践を深めてきた。まだ一番大事なイチゴの管理は任せてもらえず、うまく話せないもどかしさや反発心を覚えながらも、新しいもの好きでフットワークの軽い、勉強熱心な一面も持つ父には尊敬の念を抱く。長年イチゴ園を夫婦で切り盛りしてきた両親の姿を改めて目の当たりにし、「自分たちが同じ年代になったときにあんな風になれるのか」という不安を感じることもあると言うが、若き二人はまだまだ始まったばかりの挑戦の途上。これからの活躍に期待したい。

「笹沼イチゴ園」のイチゴ
収穫時期:1月〜3月/紅く瑞々しく輝く、ジューシーな果実。まろやかな甘さのスカイベリーと、根強い人気のとちおとめ。

仲田園芸 仲田知史さん若者に憧れてもらえる“カッコイイ農業”を

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 今回訪ねた「仲田園芸」は20ヘクタールもの広大敷地に年間約40種、試験的に栽培している品種を含めると50種もの野菜を育てている。見渡す限りの大地はすべて同社の敷地だ。もともとは緑花木専門だったが、海外へ開発需要が転移した近年、野菜づくりへとシフトしていった。代表を務めるのは仲田知史さん。自身は元会計士。就農のきっかけをこう話す。「帰郷したときに食べた、親が育てた無農薬の野菜がおいしくて。肥料もすべて自分たちで作るという、その循環型の生産に面白みを感じたんです」。その後ほどなくして農業経営に携わった。会計士としてのノウハウを如何なく発揮。“企業”としての農業に取り組んだ。「経営するために大規模化は必須だと感じました。当初は自分で育てた野菜を自ら営業してまわるところから始めました」と振り返る。現在では、大規模化に伴い、障がい者の就労継続支援事業も行いながら雇用している。取材時にもハウスでは収穫したばかりのネギを仕分けしていた。就農からおよそ10年。やはり自然とともに生きる仕事だからこその難しさは変わらず。「天候の問題は大きいですね。いずれその問題も解決していきたいと思っています」。
 そして最後に、仲田さんにプロとしての想いを聞いた。「まずは人を育てることが一番だと思います。そして人生は一度きり。楽しんでやりたいですよね」。

「仲田園芸」の大根・ニンジン
収穫時期:11月〜12月/県内でもめずらしい赤大根と京くれないと呼ばれる色の付いたニンジンを栽培。料理に使えば彩りも美しく仕上がる。

大塚なえや 大塚佳延さん 文江さん若者に憧れてもらえる“カッコイイ農業”を

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 苗半作—良い苗ならばそれだけで作物は半分できたようなもの、という言葉がある。「大塚なえや」は、人々が長蛇の列を成す“異色の農家”だ。元をたどれば葉タバコの生産者。そこで培われた土作りと苗作りのノウハウでプロへ供給してきた高品質な苗を大々的な一般販売へ踏み切ることで勝負に出たのが、3代目である佳延さんだ。かつてプロスポーツの世界でハイレベルなプロ意識をその肌で体感した彼。結婚を機に25歳で本格的に農業で生計を立てて行くと決めたとき、やるなら徹底的に、真剣にやろうと決めた。苗の販売告知には地元ケーブルテレビへの出演や折込チラシ配布など、既存の農家の枠を超えた広報活動を行った。農業のイメージを変えたいと願い、服装にも気を遣う。赤や青などの原色を配したアウトドアブランドのウエアは、ただ格好良いだけではない。地域のしがらみに縛られる中で「格好だけ」と言われないよう気張るための彼なりの背水の陣でもある。家業である苗屋を続けるために始めた野菜づくり(苗半作—つまり、苗が作れれば、野菜は作れるのだ)では、「野菜は腕もあるけど、品種だ」と言う元品種改良研究者である父の言葉を信じ、10年の歳月をかけ土地に合うものを見つけ、他の農家の出荷が終わる頃により良い品を安く出せる体制を整えた。「夢中になって野菜を育てて、畑を眺めるのが楽しい」と語る佳延さんに、「それをいかに売るか、が私の仕事なんです」と話す妻の文江さん。支えあう夫婦の姿に、農業の未来が重なって見えた。

「大塚なえや」のキャベツ
収穫時期:10月〜3月/葉肉がしっかりとした寒玉系。火を通してもシャキッとした食感で炒め物に最適。このほか、直径40cm超の「札幌大球」も趣味で栽培。

鈴木梨園 鈴木建彦さん農家として、おいしいものを作ることにこだわる

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 宇都宮市下荒針町で梨を栽培する「鈴木梨園」。今回訪ねたのは同園の3代目となる鈴木建彦さん。案内してもらった畑には大玉の「にっこり」がたわわに実っていた。「この畑を含め、7つのうち3つは自分が自由にやらせてもらっています」。
 子どもの頃から梨栽培を手伝っていたという建彦さんがこの園に従事するのは自然の流れ。「ずっと継ぐものとして認識していましたから。でも最初はそう言われたからただ、手伝っているだけでしたけどね」。学校を卒業後は農業試験場で働きながら就農。栽培することの喜びを感じる一方で、自然を相手にすることへの難しさを痛感。「今年は長雨の影響が大きく、苦労しています」。今年の日照不足はさまざま作物に影響を与えているが、梨も例外ではない。就農から7年が経過した鈴木さんにとって大きな試練。しかし落ち込んでいる様子はない。「この歳でこんな経験ができるのもありがたい。きっと自分の成長の糧になるはず」と前向き。将来は皆に喜ばれる梨を追及したいそう。一方で農家であることにこだわりたいと語る。「売ることも重要ですが、その前にしっかりいいものを作ることはもっと重要。おろそかにできない部分です」。建彦さんが育てた梨は園で直販も行っている。ぜひ一度訪れてみては。

にっこり
収穫時期/10月中旬〜11月中。栃木県生まれの大玉品種。甘みがあり、水分もたっぷりでジューシー。大きいもので1キロ以上もある。

岡崎農場 岡﨑孝彦さん 和彦さん一つの新聞記事との出会いから生まれた想い

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 日光は戦場ヶ原の裏手、男体山の麓に広がる雄大なロケーション。開拓時代から続く農家として、父・母・娘・息子の家族4人で農業を営む岡﨑家を訪ねる。 実は、開拓時代から続く農家と言ってもその道筋は平坦ではない。長らく高冷地栽培の大根を中心に近隣の農家数軒と共同で出荷を行っていたが、作物の病気などをきっかけに少しずつその軒数が減っていき、そのうちに共同出荷も途絶えてしまった。以降は家で食べる分や知り合いに配る分などの野菜づくりを続けていた岡﨑家が、本格的な出荷を再開したのは今年の始め。24歳になる息子が家に帰り農業を継ぐことになったのだ。 消費者の限られる地元の産直だけでなく、新たな販路として当初検討したのはインターネット通販。しかし人手やコストの面で二の足を踏んでいた。そんな時に出会ったのが、あぜみち社長・林氏のインタビューを掲載した新聞記事だった。今も大事に切り抜きを保管するその記事には、農業を変えていきたい、という林氏の想いが詰まっていた。それに共感した岡﨑さんは「ここしかない!」とあぜみちへの出荷を決めた。レタスや大根、キャベツなどを中心に、現在は種ほどの作物を試験的に栽培。収穫した作物は週に3日、あぜみち上戸祭店まで往復3時間かけて自ら出荷を行っている。 来夏には「なつおとめ」イチゴの栽培にも挑むという。再び動き始めたばかりの「岡﨑農場」の未来に期待したい。

サニーレタス
収穫時期は栽培地域によってことなる。夏は高冷地から、冬は温暖な地域から出荷。サラダや添え物など広く親しまれている野菜のひとつ。

永尾農園 永尾 猛さん収穫量、作業量とのバランスが大事

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 あたり一面のどかな里山の風情が漂う茂木町。この地でキャベツをはじめ、アスパラ、とうもろこしを栽培する永尾さんを訪ねた。千葉県出身の永尾さんは、家庭菜園の趣味が高じて農家を志し、トラック運転手をしながら資金を貯め、さまざまな場所で農地を探した。その後、この地で酪農の仕事に就きながら、役場のサポートを受け、借りられる農地を当たった。「新規就農ということで、土地探しに苦労しました。作物によって栽培している土地が離れてしまっていますが、いずれは一括に集約して栽培したい」。永尾さんの農地は徐々に広がり、そうしているうちに、貸し手も増えた。取材時はキャベツがすくすくと育ち、収穫を待っていた。「6月頃から天候、気温、水などに気を遣います。でも苗づくりが一番難しいです」と話す。農薬も非常にシビアだ。虫や病気がついてから撒いてはもう遅い。常に先手を打っていく必要がある。その結果、最低限の農薬で済むのだ。「収穫率を上げることを目指しています。また作業量と収益のバランスも大事。しっかり見定めながら品種を選んでいます」。9月頃にはキャベツは収穫時期を迎え、「あぜみち」や「道の駅もてぎ」に並びはじめる。ぜひ、その味を家庭でも試してみてほしい。

永尾さんのキャベツ
品種や栽培地域によって収穫 時期が異なる。
永尾さんのキャベツは夏から秋に収穫される。生のままはもちろん、炒めたり、ボイルしたりと調理の幅も広く、よく消費される野菜のひとつ。

亜熱帯農業開発センター 豊田 安志さん作ったら終わりというわけではない

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 真岡市といえば生産量が日本一を誇るイチゴが有名。今回紹介する豊田さんはその真岡市で、県内でもめずらしいパッションフルーツを栽培している。豊田さんの父親が、昭和60年頃に蔓延したイチゴの病気を懸念して、次世代の特産品になりうる作物を育てたいとの想いから始めたもの。イチゴと一緒に栽培でき、ほかの産地と差別化できるものを考え、取り入れた。その後、品種改良を重ねて日本人の口に合うようにアレンジして生み 出したのが『黄金特大パッションフルーツ』。通常より大玉で、酸味が抑えられているのが特徴。そんな父親が作り出した品種を引き継いだ豊田さんだが、就農は突然だったという。「当時は東京で働いていましたが、父親が急逝して栃木に戻りました」。亡き父親の想いを受け継ぎ、独学で知識を得て、他県の生産者を訪ねた。『黄金特大パッションフルーツ』をはじめ通常のパッションフルーツ、ブルーベりー、グァバを育てている。「自分がやらなければという想いが強かった」と振り返る。就農早々から挑戦と苦労の連続だが、4年目を迎える今では栽 培の傍ら、飲食店との取引はもちろん、自ら加工場を貸りてジュースへの加工も行う。また、冬場にも収穫できるよう、県内企業と模索している最中だ。「作ったら終わりではないです。やはり売るところまで考えていかなければと思っています」。豊田さんの挑戦はまだ続く。

豊田さんのパッションフルーツ
夏季。
亜熱帯地域を原産とするトケイソウ科の果物。

福田農園 福田 正英さんビジネスモデルとなるように頑張りたい

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  今回訪ねたのは、高根沢町でタマネギ栽培を行う福田さん。彼が栃木に戻ってきたのは26歳の頃。農繁期に、父親の作業を手伝う形で農業を始める。「自分が手伝ったからといって売上が増えるわけじゃなかったので、何とも言えない複雑な気持ちでした。」と当時を振り返る。土地利用型の農業で、米づくりが中心。昔も今も大きくは変わらない。時代の変化にこれからも今までのやり方が通用するのか日々悩んでいた頃に、転機が訪れた。知人を介し、北海道中富良野町のタマネギ農家への研修。研修先の生産者によると、中富良野町では主力作物を米から徐々にタマネギへとシフトしていった 歴史がある。その経過を知り、これから自分の進む方向性が見えた気がしたとのこと。「今後、私達世代への期待は大きく、農地をしっかりと耕し活用していく事も求められる」。その意味では、これまでより効率化を図り、収穫量を上げて合理的に行うことがキーとなる。現在は加工用のタマネギを中心に2・5町歩もの畑を手がけている。「来年はより機械化することで、生産性を上げる予定。自分のタマネギ生産がビジネスモデルとなるように頑張りたいです」と意気込みを話す。今、次世代が動き出し、新たなビジネスとしての農業を模索する人も少なくない。受け継ぐものと変えるもの。それぞれのヴィジョンが栃木の農業を活性化させてゆくだろう。

福田さんのタマネギ
品種や地域によって通年食べられる。
ユリ科ネギ属の多年草。

鹿沼グリーンファーム 星野 司さん効率化することで安定したものを届けたい

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  宇都宮市インターパーク周辺に構える巨大な4つのハウス。中はキレイに整えられた環境で、ミニトマトが赤く熟している。今回はここ「鹿沼グリーンファーム」の代表・星野さんにお話しを伺った。もとはパラを栽培していたハウスを借り、ミニトマト栽培に励む。「広さは約700坪。すべてミニトマトを栽培していて、一日に200キロ程収穫します」。インターパークのほか、小山市でもハウス栽培を営む星野さん。キャリアは5年と浅いながらも、かなりの生産量を誇っている。「鹿沼土の生産に携わり、独立前に2年程下積みとしてさまざまな勉強をしました。当初から法人としてスタートさせ、組織化することで効率化を図りたいと考えていたんです」と自身を振り返る。栽培に携わって5年、この間は試行錯誤の連続。天候に左右される部分も大きいので気が抜けない。「始めて1、2 年目は与える水分を減らすことで甘みを出そうとしていたのですが、それだと病気に弱くなってしまって・・・」。現在、星野さんは「バッグ栽培」と呼ばれる手法を採用している。袋状のものに土を入 れそこから茎が伸びている。1シーズンごとに土をまるごと入れ替えができるので、病気になりにくいというメリットがある。そしてしっかり光合成をしたミニトマト。一粒いただくと、凛としたうまみで、まるで太陽を彷彿とさせる力強い味がした。

星野さんのミニトマト
春先から夏頃。
ミニトマトは品種が多く、色や形の違いもある。

のはら農園 野原克元さん生産者の個性が出るのがおもしろい

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  今回訪れたのは栃木市。東北自動車道栃木インターからも程近い場所でトマトを栽培している野原さん。数多くある品種の中でも「ファースト」という品種にこだわり続けている。比較的手間のかかるこの品種。水の管理や病気にも弱く、苦労が絶えないが「難しいけど、生産者の個性が出るのがおもしろい。誰にでもできる品種だとつまらないじゃない(笑)」と話す。大切なのはいかに「良い畑」を作るか。野菜は口に入れるものだからこそ化学肥料を使った土壌消毒もしない。野原さんの信念だ。1000坪もの広大な敷地で育てているトマト。栽培に関してはもはやベテランである野原さ んだが、毎年課題に思うことも少なくないそう。「いつも〝こうしておけば良かった〞と思うのですが、天候は毎年変わるので難しい。そこは長年の勘を頼りに試行錯誤。教科書通りには行かないです。 でもそこがおもしろいところだよ」。野原さんのトマトは、「あぜみち」はもちろん、直接業者との取引が中心。これまで真摯にトマト作りに従事してきた結果、その味が評判を呼び、クチコミで広まった。「良い畑で育てること。最初に描いた基本的な考えが間違っていなかったんだなと思いますね」と野原さん。畑でもぎたてをいただくと、実に瑞々しく、濃厚。甘みを蓄えた力強い味がした。これからの季節、冷やしてシンプルにいただくのもおすすめだ。

野原さんのトマト
主に夏場。
世界には数千種類もの品種があるが、野原さんが育てるのは「ファーストトマト」。

佐藤 要さんこの農地を守り、いい野菜を届けたい

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  宇都宮市岩曽町でアスパラガスを育てている佐藤さんは就農から10年を迎える。 元はディーラーマンという経歴。実家が営んでいた農業。「漠然と継ぐんだろうなとは思っていました」と話す。サラリーマンを辞め、農業に従事する際にはじめたのがアスパラガス。ハウスの中では凛と太く立派に育っている。取材時の3月頃で1日約10センチ、夏場は1日に約20センチも伸びるというから驚き。午前の収穫と選定を終えた頃には、また伸びていることもめずらしくない。「最初に徹底した基盤づくりをすれば、 年経ってもしっかり育ちます。1〜2年目は株を育てる。安定して収穫ができるのは3年目以降でしょうか。自分は家が農家だったので、機材などに恵まれていました」。しかし生産者ならではの苦労も絶えない。今年1月の雪ではハウスが押し潰されてしまったのだ。当時はハウスを辞めようとも考えたそうだが、ここまで育った苗を無駄にはしたくない。そう考え、取材当日は新たなハウスを再建中だった。「子どもの頃、農家に対して良い印象はあまりなかったんです。でもこの10年ぐらいで、消費者が野菜に対していろいろ考えて選ぶようになりました。後継者不足もありますが、この農地を守り、これからもいい野菜を届けることはやりがいです」と想いを語ってくれた。佐藤さんが育てるアスパラガス、これからまさに旬を迎える。

佐藤さんのアスパラガス
春先から初夏頃。
ユリ科アスパラガス属の多年草。ハウスで栽培される。

高橋美月さん種から芽が出るときがうれしい

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  見渡す限り田畑が広がり、遠くの山々を望むのどかな場所。ここでさまざま作物を育てている高橋さん。元は父親が始めた花木を栽培していたが、今は高橋さんが主体となり、野菜の栽培に取り組んでいる。「子どものころから手伝いをしていました。種から芽が出るときがうれしくて」と自身を振り返る。 コニファーや鉢花を生産しつつ、直売やネット通販を手がけてきたが、徐々に野菜の生産にシフト。男性がリードする印象のある農家だが、持ち前のバイタリティで突き進んでいる。「例えば肥料のことなど、自信のないことも多いんですが、周りに教えてもらいながら。若い農家たちのネットワークもあるので心強い」。この時期は菊芋が収穫を迎えていたが、春に向けてルッコラ、チコリー、レタスなども栽培。めずらしい品種にも取り組む。「あまり見かけない西洋野菜も育ててみたいです。めずらしい分、栽培に苦労することもあるんですが(笑)」。今年はさらにイタリアンナス、フェンネルなどにも挑戦していきたいと意気込みを話す。女性ならではの視点でつくる野菜は好評で、「あぜみち」はもちろん、「道の駅うつのみや ろまんちっく村」でも購入できる。「失敗することもありますが、周りに教わりながらやっています。もっとマニアックな野菜も育てたいですね」と語るその姿は、希望に満ちている。

高橋さんの菊芋
冬。
ショウガのような見た目。キク科ヒマワリ属。根の部分が食用となる。

きみじまいちご園 君嶋夏樹さん日に2500パック、多い時期は5000パック

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  宇都宮からも程近い芳賀町の閑静な場所、広大な敷地にハウスが立ち並ぶ。今回訪ねた「きみじまいちご園」では、3ヘクタールもの規模でイチゴの栽培を行っている。お話しを聞いたのは君嶋夏樹さん。同園は祖父の代から始まり、夏樹さんの父親が徐々に面積を拡大。休耕田なども借り上げ、今の規模に至った。イチゴ栽培に従事する父親の姿を見て、子どもながらに「休みもなくて大変そう」と思っていたそうだ。「休日に家族で出かける友だちがうらやましかったですね」と振り返る。しかし、いつしか志すようになった生産者の道。「嫌とは言えない状況もありましたけどね(笑)」と 笑いながら話す。当初はシイタケ栽培に 精を出した。その後、イチゴ栽培の拡大に伴い2、3年前からイチゴ栽培に従事するように。ハウスでは高設栽培が行われ、今年から始めたという「スカイベリー」がたわわに実る。これからさらに繁忙期を迎えるが、イチゴ作りは夏に始まっている。育苗、そして高設栽培のプランター作りと休む間もない。取材の日は朝から摘み取りとパック詰めを行っている最中。この時期で2500パックを出荷。ピーク時は日に5000パックを出荷するというから驚き。大規模消費地への出荷が主だが、「あぜみち」にも卸している。「目の前でイチゴが売れるとやっぱり嬉しい。お客さんと直接話す貴重な機会ですね」と語る。

きみじまいちご園のイチゴ
冬季〜春頃。
スカイベリーは東京をはじめ全国に向けて栽培。

いちごハウスとこい 床井康浩さんここで生まれる人との繋がりが宝です

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  床井さんがイチゴの生産に携わったのは、20歳の頃。今から16年前のことだ。また、2~3年前からはイチゴの苗作りも始め、近所の生産者や宇都宮市「ハート&ベリー」の野口氏に携わりながら、試行錯誤を続けている。「農協の株はしっかりしていて、たくさん採れるとは思うのですが、入荷時期の関係でまとまった出荷時期が1月になってしまうんです。やはりお客様のことを考えると12月末のギフトに間に合うようにしたかったんです」とその理由を話す。自ら苗を育てることで、出荷時期まで見極めることができ、コントロールできる。出荷はもちろん、“摘み取り型”のイチゴ園として開業していることにもそのメリットがある。「いちごハウスとこい」は、一般的な時間制の食べ放題ではなく、自由に摘み取って量り売りするシステム。これが評判となっている。「なかなか量り売りで購入できるところが無かったんです。ゆっくりイチゴの摘み取りを楽しんで欲しいですから」。完熟のイチゴを自分で摘み取る体験はやはり格別。長く通ってくれる常連も少なくない。「今まで来てくれた人が新たな繋がりをよんでくれる。それが僕の宝ですね」。今後は新たな品種栽培にチャレンジしたいという。近い将来、多品種のイチゴの摘み取りを体験できるかもしれない。人との繋がりがまた人を呼び、きっと新たなファンを生んでゆくのだろう。

いちごハウスとこいのイチゴ
冬季~春頃。
摘み取りと出荷用にとちおとめを栽培する。

あっぷるん村田 村田学さん何をやるにも全力投球ですから

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 祖父の代から続くリンゴ農園を営む村田さん。サラリーマン経験の後に祖父から農園を受け継ぎ、今では両親とともに園を守る。手間ひまかけて育てたリンゴは、ベーグル専門店「TOMOZO Bagle」や「食パン専門店 利」などの人気店で加工して使われ、その味の良さを証明している。主軸のリンゴのほか、取材時には白菜もまた収穫の時期を迎えていた。  「とにかくお金も無かったので、看板でも何でも自分たち手作り(笑)。今はかなり上手くなりましたよ」と就農当時を振り返る。その言葉が表す通り、村田さんはバイタリティの塊のような人なのだ。「あぜみち」へ卸す際にも積極的に客に話しかける。食べ方や、良い品の見分け方など、プロだからこそのアドバイスができる。それはまるで“農のコンシェルジュ”。「農家と消費者の接点。そして農家を認めてもらえる場所」と評す。さらに子どもが来園するとあれば、休耕田を利用した迷路を作り喜ばせる。「この場所をいかに「遊ぶ」か。楽しいことをやっていきたい。何をやるにも全力投球ですから(笑)」。そんな“前のめり”の姿勢が周りを惹き付け、新たなムーブメントを呼んでゆくのだろう。

あっぷるん村田の白菜
秋から冬。
料理に最適なものと生食用の2種類を栽培している。

近江ファーム 近江充さんまるで子どものように思っています

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 先代である近江さんの父親が始めたキノコ栽培。当初はナメコ栽培をしていたが徐々にシイタケを栽培へシフトしてゆく。近江さんは電気メーカーに勤めるサラリーマンだったが、32歳で退職。父親に勧められる形でこの仕事に就いた。 「当初は、父に教わればだんだんと分かってくるだろうという軽い気持ちもありました」。しかし、シイタケ栽培の難しさに直面。収穫の半分ほどを占めるC級品は市場に出すことができないのだ。当時は父親の方針もあり、廃棄するしかない状況があった。市場が求める基準を満たさないC級品。形は基準を満たせずとも味はA級品と遜色の無い出来。一定数の“不良品”が出るのは生産上仕方ないにせよ、味に問題の無いシイタケを「売る仕組み」が必要と考えた。そこで近江さんは自らスーパーに赴き、地場野菜コーナーで規格外品の販売を直談判し、新たな市場を開拓したのだった。  そして現在、栽培に至っては、菌床の状態で買う農家も多い中、菌床づくりから収穫まで、すべて自社で一環して行い、シーズンで約10トン、1日で400パックほどを収穫。季節に合わせて、4種類ほどの品種を育てている。「シイタケを育てているというより、菌を育てているという感じ。まるで子どものように思っています」とそのシイタケに注ぐ愛情を語ってくれた。

近江ファームのシイタケ
秋(ハウス栽培なので収穫時期は秋~春)
今回は、特に芳醇な香りと肉厚な傘が特徴の品種を使用。

山口果樹園 山口幸夫さん未来に目を向け、地域と関わりながら前進

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 宇都宮市上籠谷町にある「山口果樹園」。国道に面しているわけではなく、決して交通のアクセスも良いとは言えないのだが、直売所にはひっきり無しに客が訪れる。皆のお目当ては梨だ。この地で3代に渡り梨を栽培、現代表を務めるのは山口幸夫さん。「28歳の時に後を継ぎました。最初は畑一枚のスタート。でもその頃は梨の価格も安く、大変でした」と当時を振り返る。しかし、ただ“大変”と嘆くのではなく、山口さんは土地の拡大、ハウスの拡充など設備に投資。梨作りの転換を図る。直売所には家族総出で撮影したチラシ写真がある。今でこそめずらしく無くなった販促物。「作り手の顔を見えるようにすると美味しく感じてもらえると思ったんです。おじさんの顔よりは家族みんなの笑顔があったほうがいいでしょ(笑)」。作り手の温もりを消費者に伝える戦略。当初子どもだった子どもたちだが、次女は旦那さんと共に果樹園に立ち、ブルーベリーやキウイ栽培に携わる。奥さんのアイデアで、「梨ができるまで」を絵本にして配った。これも梨作りを知ってもらい、楽しんで欲しいという意図の表れだ。その甲斐もあり、今では人が人を呼び、奥まった立地でも多くの人が足を運ぶ。「来てくださった方を大切にしたいです。これからもいろいろ楽しんでもらおうと画策中です。地域の方々への恩返しでもあります」と語った。

山口果樹園の梨
夏から秋頃※品種により異なる。
山口果樹園では、さまざまな品種をハウスと露地で栽培している。

阿部梨園 阿部英生さん阿部梨園がパワーアップしています

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 宇都宮市下荒針町ののどかな一帯。青々と広がるのは梨畑だ。ここで梨農園を営んでいる阿部さん。もともとは祖父が開いた農園。その後父親が事業を拡大させ、阿部さんは3年間父親のもとで梨づくりを学んだ。  「下積みは大変でしたが、3年後には父から農園を引き継ぎました」。意外にも早い代替わり。そこから阿部さんの梨園運営が始まった。さまざまなことを吸収し、自身の農園に反映させる。ハングリー精神で突き進んできた。そして最近、また農園は新たな転機を迎えている。「今年から仲間が増えました。社員として働いてもらっています」と紹介されたのはスタッフの佐川さんと佐藤さん。佐川さんは東京大学卒業後、研究職を経て阿部梨園に入社。今は社内の新しい取り組み全般を請け負う。そして佐藤さんは園のチーフとして、梨づくりのノウハウを受け継いでいる。「仲間が増えて阿部梨園がパワーアップしています。このチームで長くやっていきたいです」と阿部さんは話す。農園は季節のものだからこそ、人を雇うのは一般企業と比べて難しい側面がある。しかし阿部農園では今後もおいしい梨を消費者に届けるために、雇用する選択肢を選んだのだ。「2人がいるからこそできることがあるんです。今のパフォーマンスを落とさずに、もっと多くの取り組みを実践していきたいです」。力強く語る阿部さんの姿に、栃木の農業の明るい未来を見た。

阿部梨園の梨(筑水)
夏から秋頃夏から秋頃。※品質により異なる。
阿部梨園では主に8種類の品種を栽培。
筑水はほんのり桃の香りが漂う。

髙橋農園 髙橋博幸さん栃木にも“スイカの名産地”があるんです

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  青々とした緑の水田や畑、遠くには那須連山も望む、自然豊かな大田原市佐久山・藤沢地区で農業を営む「髙橋農園」。山間にある、水はけの良い傾斜地の畑で何が作れるかという試行錯誤の末、農園代表を務める髙橋博幸さんの父親の代、約40年ほど前から、この地でスイカの生産が始まった。  後に、地元に伝わる武将・那須与一公にあやかり「与一西瓜」と名づけられたこのスイカ。こだわりは、自然に則った農法の完全露地栽培。梅雨や湿気の影響を受けやすく、露地スイカの栽培は障害も多い。全国的に見てもハウス栽培が主流だ。しかしそんな困難を極める露地物だからこそ出せる味がある。「与一西瓜」は、薄皮で甘さが濃い(糖度は大玉約12度、小玉で13度くらいまで)ことに加え、シャリ感のある歯ごたえが特徴。「昔食べた、なつかしいスイカの味がする」と評判だ。  しかし、一時は10軒以上あった生産農家も、現在は髙橋農園を含め3軒まで減少。髙橋さんは「与一西瓜」を継承し、地域を盛り上げていきたいと語る。今年は初めて宇都宮市内での販売も開始する。栃木の“スイカの名産地”の存在は、これからもっと多くの人に知られることになるだろう。

髙橋農園の与一スイカ(小玉)
7月上旬~お盆
出荷時期は7月上旬~お盆くらいまで。滴りおちるほどにみずみずしく水分をたたえたジューシーな果肉が特徴。小玉は赤・オレンジ・黄の3種を栽培。

藤田農園 藤田武志さん“農村の未来”を切り開く敏腕営業マン

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  真岡市と鬼怒川をはさんだ対岸に位置する上三川町東汗に農地を持つ藤田農園。 代表の藤田さんは、建築確認業務に従事していた前職の経験により地盤や地形の図面を読み解けることが、農業を営む上で強みになっていると語る。数百メートル単位で性質の変わる土壌を現在から過去にわたり分析し、最適な作物を導きだすのだ。鬼怒川の恵である排水性に優れた肥沃な土壌で育まれた藤田農園の新タマネギは、濃い甘みとみずみずしさが特徴。一般的には春先から流通し始めるイメージの強い新タマネギだが、実は品種や産地によって旬の時期が異なり、“栃木の新タマネギ”は今が旬。  そんな新タマネギを軽トラックに満載して藤田さんが向かうのは首都圏。高齢化や経済の浮き沈みの影響を受けやすい農村地域に都市部から安定した資金をもたらそうと、自ら市場を開拓し直接販売を行っているのだ。百貨店や高級レストランのリクエストに応え、市場に出回らない珍しい野菜のオーダー栽培も請け負うほか、メインに生産する米では、“本当に美味しい米”を伝えるべく輸出を視野に動き始めている。生産だけに留まらず敏腕営業マンのごとく作物の売り込みを行うその姿は、農家のイメージを覆す働きぶり。“農村の未来”を切り開くべく奔走する藤田さんの頭の中には、栃木の、日本の農業の未来に向けた構想がもうできあがっているようだ。

藤田農園の新タマネギ
6~8月
9月に種をまき、11月に苗を移植したタマネギは6~8月に旬を迎える。生でかじれるほど甘さが濃く、みずみずしいのが特徴。

和氣ファーム 和氣直哉さん三兄弟の個性を活かした米づくり

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 塩谷町に約90町歩もの田畑を有する「和氣ふぁーむ」。ここで働く男三人兄弟、長男の達哉さん、次男の直哉さん、三男の洋右さん。今回お話しを伺ったのは、次男直哉さん。ちょうど田植えシーズンの真っただ中だ。  「大学を出て、東京で就職し6年ぐらい勤めていました。その頃、父が社長を務めるこの会社が、規模拡大中で。そのサポートのために戻ってきました」と自身の経歴を語る。この塩谷町は、豊かな自然環境の中、見渡す限りの田園風景が広がるエリア。里山の風情を残すのどかな場所だが、農家を廃業する人も少なくない。「和氣ふぁーむ」では、廃業した田畑を借り上げ、耕作もしている。「機械も安くはないですからね。一度ダメになったから買い替え、というわけには、なかなかいかないんです」。農家を取り巻く過酷な問題がそこにある。同社には兄弟のほかに、社員3名、臨時で1名、海外からの研修生1名を起用。米以外にも大豆が野菜を栽培するなど一年を通して大忙し。お米には米ぬかや大豆のくずを使い、化学肥料は極力抑える。手間はかかるが、おいしいお米には欠かせないこと。「兄は、機会を運転させたらピカイチ。弟は宇都宮で飲食業界の経験があります」。今後はそれぞれの得意分野を活かし、さまざまな事業にチャレンジ。三兄弟が力を合わせ、栃木の、いや日本の農業の一端を担っていく。

和氣ファームのコシヒカリ
 8月上旬~10月中旬頃
でんぷんの他、タンパク質、ビタミンB1やビタミンEなどの栄養も豊富。

黒澤牧場 黒澤将人さん愛情をかけた肉は胸を張って売れます

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国道新4号線を逸れた上三川町ののどかなに場所に築く養豚場。ここ「黒澤牧場」は『やんちゃ豚』というブランド豚を生産している。お話しを伺ったのは同牧場の次男・将人さん。もともと父親が始めた養豚場に3年前に入社。以来、経営を支えるのに欠かせない一員となった。  「以前は会計事務所で働いていました。そこで税務のことを学びました」。一見すると養豚とは無縁の経歴のようだが、もともと養豚場で従事することを考えての選択。財務面でもサポートできるようにと思っての進路だった。『やんちゃ豚』 というネーミングの通り“やんちゃ”だったという父親の姿。それを見て育ち、さまざまな分野で知見を広げた長男、長女、そして将人さんが加わり、親子で切り盛りをする。  広い敷地でのびのびと育つ豚。ストレスの無い環境はそのまま肉質に表れる。一頭一頭細かに管理され、出生から出荷時期まで把握。「胸を張って肉を売れます」と話すほど愛情を持って育てる。その一方で、自分たちで販路を持っていな い生産者の現状にも言及。「自分たちが育てた豚をしっかりお客様に提供したいという想いが強いです。あぜみち上戸祭店や道の駅しもつけで買えるようになりました。また自社の敷地にも精肉設備を整えようと思っています」。元来の養豚場にとらわれない黒澤牧場は、新たなステージへと進み出した。

黒澤牧場のやんちゃ豚
 通年
豚は繊細なので、生育環境に気を配る。ストレスを与えないことで、うまみのある肉質に。栄養素も豊富で、ビタミンB1が含まれている。

サニーライン 佐藤慎悟さんスポーツに繋がる野菜づくりをめざして

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宇都宮市西刑部町に建つサニーラインのビニールハウス。降りそそぐ光の中で耳をすませば、水のせせらぎが微かに聞こえてくる。農業のイメージとはかけ離れた、スタイリッシュささえも感じさせるこのハウスで葉物野菜の水耕栽培を行う佐藤さんは、実は大学時代に箱根駅伝で花の2区を駆け抜け、駒澤大学の優勝に貢献したマラソンランナー。卒業後も実業団に所属し、農業とは縁の無い人生を送っていた彼を、スポーツマンとして「体に良いモノを口したい」という思いが現在の道へと導いた。  農業に関して“ど素人”である佐藤さんが選んだ水耕栽培のメリットは、季節に左右されず安定した出荷量が望めることだけではない。液肥によって、ビタミン等の含有量調整が容易なこともその一つだ。現在、透析患者向けに低カリウム野菜を作る研究が進められているが、これを応用し、高カルシウム・高マグネシウムといった“食べるサプリメント”が生み出せるようになることに佐藤さんは期待している。求める栄養素を効率良く摂取できる高機能な野菜があれば、より自然な形でアスリートの体作りが可能となる。それこそが、彼のめざす「スポーツの視点に立った農業」だ。アスリートの経験を生かし、農業を営む。現在も地元高校生に陸上競技の指導を行う彼の、新たな農業のカタチ・可能性を感じさせる挑戦は始まったばかりだ。

「サニーライン」の葉物野菜
 通年栽培
ハウス内での水耕栽培なので、季節に関わらず通年楽しめる。今回はハンサムグリーン、レッドリーフ、サンチュ、ルッコラ入りのミックスパックを使用。

大久保農園 大久友康さん手間暇かけても、おいしいものを作りたい

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宇都宮市東岡本に複数のハウスを構える大久保さん。ご夫婦、そして奥さんの母親と一緒にアスパラガスの栽培を行っている。大久保さんは元銀行マン。農家に転身したきっかけを「結婚後、妻の実家で農業をやるという話しになり、自分も手伝ってみたらおもしろくて」と話す。もちろん、楽しいだけではない。大久保さんは有機肥料のみを使い、土作りからこだわる。冬季には、ハウス内の残渣を掻き出して、火で焼いて殺菌を行う。殺菌剤を使えば簡単に済ませられる行程だが、それではおいしいアスパラガスは作れないという。外からの病気を遮断するため、靴やハサミは都度洗うなど、細心の注意を払う。「当然ですが、アスパラガスは生き物です。呼吸もするし、喉も渇く。改めて育てることの難しさを実感します」。ここまで手間暇かけて育てるのは、アスパラガスを購入してくれるユーザーからの信頼、そして使命感から。真面目な大久保さんの栽培は、レストランからも高い評価を得ている。
 約30度に保たれたハウス内では、青々としたアスパラガスが天に向かって伸びている。表面の白いブルーム(※)は、新鮮である証し。大久保さんの太いアスパラガスは、根本までやらかく、自然で豊かな甘みが特徴だ。
※ブルーム…果物や野菜の表面にある白い粉状のもの。新鮮な果実に見られ、自然に分泌される天然物質。

大久保農園のアスパラガス
 春~秋(通年栽培)
サラダに入れたり、ソテーしたりと、主役級の存在感がある野菜。グリーンアスパラはミネラルやビタミンCが豊富。

ハート&ベリー 野口圭吾さん高い品質を目指すのは当然です

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宇都宮市下栗町の田畑が広がる一体に並ぶいくつものビニールハウス。中でたわわに実り、収穫を待つのは鮮やかな赤色をしたイチゴ。「苺の楽園」という観光農園をはじめ、イチゴの栽培・出荷を行うのが、株式会社ハート&ベリーの代表・野口さん。広大なハウスでは、栃木が誇る「とちおとめ」はもちろん、「女峰」「おいCベリー」「もういっこ」などさまざまな品種を栽培している。
 野口さんは元サラリーマン。東京でのサラリーマン生活から抜け出し、ここ宇都宮に自らの園を構えた“脱サラ”の農家。「その経験を生かせることが多いですね。非農家出身だからこその発想があります」と話す。野口さんのイチゴは、高設ベンチで栽培。立ったままでの収穫が可能だ。また、土壌消毒は太陽熱を利用し、化学農薬は無使用。殺菌力を持つ電解水や天敵農薬を導入し、徹底して減農薬に務める。一般的には未完熟状態で収穫し、出荷されるイチゴだが、野口さんのイチゴは完熟してからの収穫。ヘタの付け根まで真っ赤に熟れたイチゴは芳醇な香り、鮮やかな艶と色、濃厚な味が特徴。独自のノウハウでこの状態での出荷を可能としている。その品質の高さは、県内はもちろん、東京の老舗ホテルやレストランに卸すことからも伺える。「高い品質のものを作ることを目指しているだけです。商品として当たり前のことです」と話すその姿に、期待と安心感を覚えずにはいられない。

ハート&ベリーのイチゴ
 冬(通年栽培)
甘味と酸味を活かし、スイーツやデザートなどにアレンジされ、日本で最も親しまれているフルーツの代表格。

農人たち 宮本暢常さん生で食べられる野菜を求めて

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宇都宮市北部に畑を持つ宮本さん。屈託のない笑顔と土の似合う姿からは想像が付かないが、実は元IT企業経営者。実体のないものを売ることに疑問を抱き、故郷で見つけた生きる幸せが農業だった。人工的なストレスや、仕事による生活の犠牲と向き合い続けてきたことから、野菜には極力ストレスを与えずに育てようと取り組む。その傍ら“誰かの犠牲の上に成り立つ農業”からの脱却を目指し、一人ではできない農業という仕事を共にする人々でお互いに助け合い、高めあっていきたいと設立したのが、農業ネットワーク「農人たち」だ。
 親戚である先輩農家が試行錯誤を繰り返し、病害虫に悩まされながらも有機肥料100%にこだわって微生物ととも一からゆっくり育んできた土壌。これを礎に、現在はアスパラガスやニンニク、ネギなどを栽培しているが、この土壌で育つ野菜の出来にはある共通点がある。やわらかく、甘みがあり、クセがないということだ。そんな土壌で生まれた「サラダ春菊」。春菊といえば鍋の具、というイメージとは異なり、生でもおいしく食べられるほどの瑞々しさとクセの少なさが特徴だ。驚いたことに、品種は一般的に売られている春菊と同じ。違いを生むのは、長年育まれてきた“土壌が蓄えた力”なのだ。「農人たち」の畑はまだまだ発展途上。これからこの土壌でどんな野菜が生まれてくるのか。それもまた楽しみだ。。

農人たちのサラダ春菊
 冬(通年栽培)
クセが少なく生でも食べられるので、
アレンジのバリエーションが広がる。もちろん鍋に入れてもおいしく食べられる。

石川いちご園 石川将樹さん毎年新人のつもりで取り組んでいます

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田園風景に囲まれた閑静な場所に広がるイチゴのビニールハウス。今回の「石川いちご園」は那須烏山市にある。
イチゴ栽培に関わって4年になる石川さん。以前は市場に従事し、流通に関するノウハウを得ての独立だった。その経験から「市場などの流通だけに頼ってはマズイと思いました。自分でもいろいろ模索したい」と、思いを話す。「あぜみち」のような直売所での販売はもちろん、自社の敷地で行われる直売、イチゴ狩りなど、消費者との接点も多く、常にアンテナを張り巡らす。そんな石川さんをサポートするのは、同級生の綱川さん。二人とも32歳という若さだ。そんな二人のイチゴ栽培は「毎年新人のつもりでやります。自然を相手にしている限り、昨年通りにはいかないので、新しい気持ちで取り組むんです」と語る。モットーを聞くと「イチゴに無理をさせずに育てることですね。自然の力で頑張ってもらって、そのサポートをする感じです」と話してくれた。直接声が聞けるのが楽しいという「石川いちご園」の直売は12月から5月一杯までを予定している。「あぜみち」でも購入できるが、生産者である石川さんたちと直接交流しながら、手間ひまかけたその味を堪能するのもまた楽しめそうだ。

石川さんのイチゴ
 冬季(品種により夏季も)
冬は栃木が誇るとちおとめを収穫。夏はなつおとめを出荷している。

シイタケ農家 大久保悟さん農薬を使わないところに惹かれたんです

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さくら市でシイタケ農家を営む大久保さん。長髪を束ね、首もとにヘッドホンをかけるそのルックスは、“農家らしかぬ”雰囲気。それもそのはず、シイタケ栽培の傍ら、敷地には音楽スタジオを持ち、自らも演奏やエンジニアとして活動を行う。
 そんな経歴を持つ大久保さんがシイタケ栽培を始めたのは、2006年のこと。脱サラ後のことだ。「温度管理ができる温室を造るなど、設備投資は大変でしたね」と当時を振り返る。農薬や化学肥料を使わずに、肥料だけで栽培することに惹かれたというシイタケ栽培。菌の状態ではまるで生物のようで、生えてくればそれは植物のよう。そんな特殊な生育状況もまたおもしろいという。月の満ち欠けや気圧の変化にも生育に影響を受けるシイタケだが、大久保さんは温室でモーツァルトをかけるなど、独自の工夫も行う。「音楽で生育に良い影響があるといいなと思っています」。
 そんな大久保さんの今後の目標はさらなる品質向上。大久保さんのシイタケは、1本ずつが凛として、大ぶり。傘に厚みがあり、芳醇な香りがする。「あぜみち」では、高い鮮度のまま店頭に並ぶので、その味を存分に堪能できるはずだ。「パスタなどは最高に合います。ぜひお試しください」と大久保さんは語る。

大久保さんのシイタケ
 春頃、秋頃
大久保さんの農園では徹底した温度管理のもと通年栽培され、食卓に並ぶ。